弁証法は一つの物事を対立した二つの
規定の統一としてとらえる方法。
たとえば、「愛は充足と欠乏の統一である」。
同一物が対立した規定をもつことは、諺(ことわざ)や伝承文学に、どんなものにも一面的な見方をしてはいけないという戒めとして語られている。
ここから懐疑主義者は、何事にも一義的な規定を与えることができないと考えて、「なにも語れない」という結論を導く。ある人にとって甘いものも他の人には苦い。
しかし一つの行為が、一面で善であり、他面で悪となると、行為する者は悲劇に陥る。
家の定めを守って兄を埋葬したアンティゴネの行為は、反逆者の埋葬を禁じる国法に照らせば罪である。
悲劇だけではない。喜劇(たとえば『フィガロの結婚』)においても、自分の妻を女中と取り違えて誘惑する伯爵のように、同一物の対立する規定がある。